日本の教会

長崎文献社 ステンドグラス巡礼

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松尾順造「時の港」写真集シリーズ②

ステンドグラス巡礼                    

                                    松尾順造

長崎の教会堂を彩る「切支丹の窓」。

赤、青、緑、黄、白の鮮やかな光たち。

教会堂のなかに入ると、 飛び交う色たちがひとびとを柔らかに包み込んでくれる。

◆著者略歴  松尾順造(まつお じゅんぞう)

1949年 鎌倉市生まれ。明治学院大学社会学部社会学科卒業。 東京写真専門学院報道写真科卒業。

写真家薗部澄氏に師事。公益社団法人日本写真家協会会員 人物・風景・料理・民俗芸能等の分野の写真撮影で幅広く活動。2000年より長崎在住

■A5判 並製  ■定価1400円(税別) ■ISBN978-4-88851-222-0

¥1,540

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九州大学出版会 カトリック信徒の移動とコミュニティの形成

2018年7月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」がUNESCOの世界遺産に登録された。その登録運動もあり、江戸時代において、現在の長崎市外海(そとめ)地区から五島に移住があったことは広く知られている。実際には外海からは五島に限らず黒島や平戸島、北松浦半島の九十九島の半島、長崎港沖の島嶼にも移住が生じ、これらの地からさらなる移住が生じた結果、長崎県内に多くのカトリック信徒の集住地が形成されることとなった。こうした信徒の移住は長崎県外にも展開され、福岡県や宮崎県に長崎の信徒の「飛び地」が存在している。

本書は、江戸後期から明治期になぜ長崎の信徒の移住が頻繁に生じたのかを国内外の移動や移民研究の観点を用いて解き明かし、いわゆるキリシタン・ロマンの霧に隠れている、信仰と生業を基盤とする信徒の暮らしと移住の背景を明らかにするものである。信徒の移住の中には、明治期には外国人神父の宣教戦略が、大正・昭和期以後には国の開拓政策や地域政策が、それぞれ関与したものも含まれている。今日、歴史のひだに埋もれつつあるこうした事実を、残存する諸資料と現地での聞き取り調査等を通して明らかにしていく。

長崎の潜伏キリシタンとその子孫の「旅」の足跡を辿り、信徒が山間や海辺の移住地に集落を形成し、教会を設立してきた数世代に及ぶ生活を社会学の視点から解明する。

¥8,800

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長崎文献社 長崎千夜一夜

香港、モナコとならぶ世界新三大夜景のきらめき。港町円形劇場の特等席へご招待!!東西南北と中央部の絶景スポットごとのベストショット!光のシンフォニーに魅了されて、わくわく興奮してしまう!

¥1,320

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女子パウロ会 ザビエルからはじまった日本の教会の歴史

大航海時代とともにマカオやインドのゴアを基地とするポルトガル人の商船は、ぞくぞくと日本にも渡来するようになった。

インドで鹿児島の侍ヤジロウと出会ったフランシスコ・ザビエルは、東洋の文明国とみた日本への宣教を志す。1549年8月15日、ザビエルは二人の仲間とともに、鹿児島に上陸した。が、日本は戦国動乱の時代である。

織田信長の天下統一の夢は、目前にして破れ、豊臣秀吉の盛衰もまたたくまであった。そして、徳川の世・・・その間、世界でもまれな、ひどい迫害の連続、為政者の意向に翻弄されるかに見えながら、日本の教会は生き抜く。なぜか?

歴史を知ることは、自分を知ることにつながる。そして、未来を切り拓くことに。

初版発行日:2008年10月20日

もくじ

まえがき

1.ザビエルとヤジロウの出会い

2.日本におけるザビエルの足跡

3.ザビエルのあとを受けて、トーレスらの活躍

4.最初のキリシタン大名

5.五畿内の宣教

6.九州でのびる教会

7.長崎開港

8.信長とカブラル

9.巡察師ヴァリニャーノのすぐれたヴィジョン

10.セミナリオの開設と実り

11.長崎が教会の知行地となる

12.天正少年使節の派遣

13.秀吉の初期の好意と、高山右近らの活躍

14.コエリヨの政治介入と秀吉の変心

15.秀吉の禁教令

16.追放される人びとと、潜伏する人びと

17.少年使節らの帰国

18.日本最初の活版印刷

19.秀吉の野望と、フランシスコ会士の来日

20.無意味な侵略戦争のかげに、回心の動き

21.迫害のきっかけ、サン・フェリペ号事件

22.京都から長崎へ、殉教者の歩み

23.二十六聖人の殉教

24.つかのまの平穏

25.家康にとりいるオランダ船の航海士

26.長崎に、独特の文化が栄える

27.キリシタンぎらいの大名による地方の迫害

28.三十万を越えた信徒

29.家康のキリシタンぎらいで、棄教する大名も出る

30.マードレ・デ・デウス号事件と、岡本大八事件

31.しだいに強まる圧迫ち迫害

32.家康の禁教令

33.残酷さをます責め苦と殉教

34.家康の勝利と教会の運命

35.秀忠も迫害を踏襲

36.殉教していく人びとへの教皇のはげまし

37.長崎と江戸の大殉教

38.雲仙のあかし

39.キリスト教根絶をまざす鎖国

40.踏み絵と穴づり

41.島原の乱

42.ポルトガル人追放と長崎出島

43.潜伏キリシタン時代

44.キリシタン狩りと、離島に隠れひそんだキリシタン

45.シドッティの潜入と殉教

46.琉球に待機する宣教師

47.プチジャンと潜伏キリシタンの出会い

48.浦上四番崩れ

49.隠れキリシタン

50.パリ外国宣教会宣教師の活躍

51.プロテスタント教会の渡来と、活発な教育事業

52.憲法による信教の自由

53.女子修道会の来日と、日本人修道会のはじまり

54.軍国主義・国家神道のもとでの苦難

55.太平洋戦争の打撃

56.戦後の自由と再建

57.発展からの停滞

58.公会議の新風は日本にも

59.ローマ教皇の来日

¥1,430

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女子パウロ会 サンタマリアのお像はどこ

250年にわたる厳しい弾圧に耐え、密かに信仰を伝えてきたキリシタンが名乗り出た日、1865年3月17日。

世界宗教史上の奇跡と言われるこの歴史的な出来事の場に居合わせたプチジャン司教とは?

150年を経た今浮かび上がる、類まれな人物像。

◎“Laudate”書籍の紹介:『サンタ・マリアの御像はどこ? ~プチジャン司教の生涯~』

初版発行:2014年10月19日

もくじ

第一章

 盛り上がった天主堂献堂式

 開きかけた国の門戸

 「サンタ・マリアの御像はどこ?」

 金比羅山の森のなかで

第二章

 イワンナと幼いドミンゴ

 最初の授洗者に自分の霊名を

 バスチャンの予言と伝説

 多忙すぎる日々のなかで

第三章

 プチジャン司教の生いたち

 プチジャンの一大決心

 生涯をかけた夢に羽ばたく

 キリシタンの歴史をたどる

第四章

 司教叙階への苦しみ

 夜間の宣教活動はじまる

 ふたたび持ち上がった埋葬問題

 「日本の聖母」像誕生

¥1,100

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日貿出版社 天主堂建築のパイオニア 鉄川興助

九州の最西端、五島列島には50を超える教会が在る。その多くはキリシタンたちによって、禁制から解放された明治・大正期に建てられた。それでは、いったい誰が教会を建築したのだろうか。その代表的人物が大工棟梁の鉄川與助。外国人宣教師の指導の元、西洋の建築技術と和風の伝統的工法を融合させ、独自のスタイルで多くの教会を建築して「日本教会建築の父」とも称される。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を世界遺産に登録する動きの中で與助の建てた教会も構成資産に含まれ、再注目されている。本書は生涯を天主堂建築に捧げた與助の偉業を『手帳』や資料を参考に紹介する労作である。

¥3,080

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海鳥社 長崎の教会群

キリスト教の伝来から弾圧、復活までを物語るものとして世界遺産暫定リストに登録された「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」。 西海の豊かな自然、西洋と東洋の建築技術が融合した教会、その背後にある祈りの歴史をも切り取った写真集。世界遺産暫定リストの構成資産を中心に34の教会堂を写し取る。

¥3,300

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KAMI-GOTO

美しい上五島の写真集です。おすすめです。

五島列島の北部に位置し、7つの有人島と60の無人島から構成されている上五島。歴史遺産としても貴重な29の教会があることでも知られている。写真家吉村和敏が、島の色彩豊かな美しい自然、素朴で心温まる島人の暮らしを長期に亘って取材し、一冊にまとめた写真集。

¥2,970

  • 在庫あり
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聖母の騎士社 大浦天主堂物語

本書は、主に大浦天主堂創建と信徒発見から150年におよぶ

長崎地区の動向をまとめた解説書として執筆した。

教会内部の出来事を中心にしながら、その時代背景に触れることによって、

日本や長崎の中での教会を描き出すよう努めた。 (「あとがき」より)

 

¥2,750

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聖母文庫 日本文化とキリストの福音

「本を読み進んでいくうちに、言葉を超えた驚くほど澄んだ魂の響きに深い感動を覚えました。

まばゆいほどの霊の光に打たれてしまいました。 

この書物に収めた兄の日記、随想、詩歌は兄の死(1953年12月3日)の翌年に刊行された

『稲垣武一遺稿』をそのまま再録したものであります。

その〈編集後記〉には、この遺稿からは何かまとまった思想体系のようなものを期待すべきではなく、むしろわれわれはそこに「道を求めてやまなかった名もなき一青年の魂の姿」を見出し、

それを「永久に胸の奥深く留めるべきでありましょう」と記されています。(稲垣良典「あとがき」より) 

¥1,210

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日本キリスト教団 永井 隆

真のキリスト者として生きた人たちを語り継ぐ、好評シリーズ

放射線医であった永井は2度の従軍を経験、レントゲン被曝のために白血病となり、余命3年を宣告される。長崎への原爆投下で妻を喪い、自ら重傷を負いながらも、被爆者の救護に励む。一貫して訴えられるのは、戦争の愚かさ、原爆の悲惨さ、平和への願いである。

¥1,320

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サンパウロ 永井隆のことば

永井隆のことば 平和の使徒新刊

著者 永井 隆 (絵・文),サンパウロ (編集)

粉骨砕身して隣人のために働いた医師としての思い、原子野生活での苦しみ、平和の悲願…。時代を超えて、読むものの胸を打つ、決して亡びることのない永井隆の魂のことば

¥825

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長崎文献社 長崎偉人伝 永井隆

長崎偉人伝 永井 隆 (ながい たかし)

小川内清孝 Kiyotaka Ogawauchi

その日、長崎医科大学附属医院で勤務中に原爆の直撃をうけた。

白血病と闘いながら、平和を訴えた医師43年の生涯。

◆判型・体裁 四六版並製(カバー・帯つき)  

◆定価:本体1600円+税  2018年8月発行  

◆ISBN978-4-88851-299-2

<内容>(目次)

・長崎原爆と学内救護活動。

・妻の死を乗り越え三ツ山救護所開設へ

・生い立ち ・医科大学から放射線医師へ

・結婚生活 ・戦後―闘病生活と旺盛な創作活動始まる

・最晩年の如己堂生活 ・永井隆の記憶と遺産

・没後の永井批判について

<著者略歴> 小川内 清孝(おがわうち きよたか)

1958年長崎市生まれ。1982年駒沢大学法学部卒。 長崎市でフリーライター&エディターとして活動。地域発の小説やシナリオ・脚本などもてがける。

著書:『赤い花の記憶 天主堂物語 舞台裏』(2016年12月 長崎文献社刊)  脚本:市民ミュージカル『OMURAグラフィティ―』(2010年作) 『赤い花の記憶 天主堂物語』(2014年作)

¥1,760

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雑賀編集工房 牧師夫人新島八重

幕末の激動の時代、思いがけなく会津戦争でふるさとを失った八重。京都に移り住んで、新島襄と結婚したものの、戦いの多い人生を送ることになる。そして、結婚14年目には最愛の夫が天に召される…。しかし、信仰を持った八重は、多くのクリスチャンと出会いながら、86年の生涯を生き抜くのだった。そこに織りなされた、神の手になる美しい刺繍模様は、東日本大震災によって大切なものを奪われた人に慰めと励ましを与えるに違いない。

【目次】(「BOOK」データベースより)

第1章 八重(日本で最初の牧師夫人/八重の同時代人/八重の生まれた時代と兄の覚馬 ほか)/第2章 捨松(美貌の貴婦人か、意地悪な継母か/五人の少女の船出/賊軍の妻と官軍の夫 ほか)/第3章 蘆花(不治の病と継子いじめ/復讐の身代わり/同志社で学んだ蘇峰 ほか)

¥1,540

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日本キリスト教団出版局 新島八重ものがたり

八重と襄の出会いの地・京都、八重の故郷・会津、襄の父祖の地・群馬。 二人の足跡をたどり、ゆかりの教会や学校で牧師・研究者として歩んできた著者による、史的にも裏付けられた1冊!

幕末の会津藩士の家に生まれた山本八重。戊辰戦争を銃を手に戦った女丈夫は、新島襄の妻として同志社創立を支え、襄の死後も篤志看護婦として、茶道師範として自分の生きる道を切り開きながら、キリスト者として生きた。激動の時代を毅然と生きぬいた女性の生涯。

【著者紹介/山下智子】

福島県生まれ。同志社大学神学研究科博士課程(前期)修了。会津若松教会牧師を経て、2008年より新島学園短期大学宗教主任・准教授。「新島襄」「キリスト教入門」などを担当する。

♦目次♦

第一部 山本八重、会津に生きる

1 子ども時代

2 戊辰戦争

第ニ部 新島八重、京都に生きる

3 京都での出会い──襄とキリスト教

4 襄との結婚生活

5 八重と女子学生

6 看護の日々

¥1,650

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聖母の騎士社 蟻の街の微笑み

この本を通して、大勢の方々にエリザベト・マリア北原怜子の生きざまを知っていただき、一日も早く福者、そして聖人として認められる日が来ますよう皆様と共に祈っております。”

¥1,650

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ドンボスコ社  アリの街のマリア 北原怜子

第二次大戦後の日本、今では考えられないくらい多くの貧しい人々が生活していた。

そんな場所のひとつに廃品回収を生業とする人々の生きるアリの町とよばれる場所があった。 そこへやってき一人の若い女性とは。

「カワイソウナ ヒトタチノ タメ オイノリ タノミマス」

ゼノ修道士にかけられたこの言葉によって人生を変えられた女性、

アリの町のマリアといわれ、人々に慕われた北原怜子の生涯の記録。 

 インデックス

1、北原家の人々

2、聖母との出会い

3、キリストの花嫁

4、サンタクロース神父

5、ゼノ「神父」

6、アリの町へ

7、アリの町の子どもたち

8、クリスマス

9、ご復活

10、コリント後書8:9

11、聖霊きたりたまえ

12、箱根いき

13、共同募金

14、一人が一人のために

15、すべてを捨てて

16、アリの町のマリア

17、アベ・マリア

18、神戸にもアリの町を

19、八号埋立地

¥825

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慶応大学出版会 沈黙をめぐる短篇集

1954年の幻の処女作(! ?)

「アフリカの体臭 ―― 魔窟にいたコリンヌ・リュシェール」を初収録! 

遠藤周作没後20年、世界を震撼させた作品『沈黙』発表50年を記念する小説集。

遠藤周作没後20年、世界を震撼させた作品『沈黙』発表50年を記念して、日本人の心を永遠に惹きつける「母なるキリストの世界」に通じるテーマの短篇、人間の哀しみへの連帯と共感を描いた短篇を収録する。また、1954年に発表された幻の短篇「アフリカの体臭 ―― 魔窟にいたコリンヌ・リュシェール」を初めて収録する。

¥3,300

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新潮社 文庫 沈黙 遠藤周作

島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル人司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる……。神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、〈神の沈黙〉という永遠の主題に切実な問いを投げかける長編。 

¥605

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新潮社 遠藤周作と歩く長崎巡礼

「一枚の踏絵から始まる旅もある」 

 かれこれ四十年ほど前の、初夏のとある夕暮、遠藤周作は、初めて訪れた長崎

の街を格別どこに行くあてもなく、歩いていた。大浦天主堂前の人混みを避け、

ぶらぶらするうちに、十六番館という木造の西洋館に行き着く。時間つぶしに中

に入る。そして、一枚の踏絵を見た----。

 薄暗い館内でしばらく、じっと立っていたのは、踏絵自体のためではなく、そ

とを囲んでいる木に、黒い足指の痕らしいものがあったためであった。足指の痕

はおそらく一人の男がつけたのではなく、それを踏んだ沢山の人の足が残したに

ちがいなかった。(『切支丹の里』より)

 踏んだのはどんな人たちだったのか? どんな思いで踏んだのか? 私が当事

者だったら踏まなかったか? いや、踏んでしまっただろうか? 

 一枚の踏絵から始まる旅もある。遠藤周作は[黒い足指の痕]をいわばパン種

にして想像をふくらませ、あの名作「沈黙」を書きはじめた。キリスト教布教の

使命に燃えて日本に密入国し、やがて捕縛されるポルトガル人宣教師ロドリゴの

悲劇。作家は小説の構想を練りあげながら、三カ月に一度は必ず長崎を訪れ、県

下の津々浦々、切支丹の面影を訪ね歩く----。

そうして生まれた作品「沈黙」、信徒発見を題材にした「女の一生」の舞台

を、辿ってみよう。遠藤周作はその雨に濡れる街角で、狭い路地で、何を感じ、

何を考え、何を見出したのか? もし現地へ行かれたのなら、原文を声に出して

読まれることをお勧めする。作家の心を、より深く味わえるだろう。そして長崎

巡礼が終わった時----、西欧、近代、キリスト教、我々日本人......、遠藤が生

涯をかけて格闘した何かが、再び、見えてくるはずだ。では、出発!     

出版社からのコメント

「沈黙」「女の一生」の中で、遠藤さんが投げかける様々な問い

かけに自分なりの答えを見出したくて、長崎中を歩いてきました。作品の現場

で、作家と同じ目線に立つことで、ヒントを掴めた気がします。遠藤文学再発見

の旅へ、どうぞご一緒に!

¥1,530

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教文館 ジョバンニ・バッティスタ・シドティ

「シドッチ」の名で知られるイタリア人宣教師シドティ、初の学術的伝記

江戸時代中期の日本に潜入して捕らえられ、当時6代将軍の侍講であった新井白石より尋問を受け、切支丹屋敷で獄死したシドティ(1667-1714)。本書は、シドティと同じパレルモ教区司祭であり、ローマ教皇庁列聖省神学顧問でもある著者が行った故郷イタリアでの徹底的な調査研究を元に、シドティの人となりや日本までの足取りを追い、彼の姓名や生没年月日をはじめ、教会での立場や肩書き等についての様々な誤解や間違いを正し、『西洋紀聞』など日本語原資料から補完した初の学術的伝記。2019年3月より開始されたシドティ列福調査の基幹となる書。

¥2,640

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敬文舎 密行 最後の伴天連シドッティ

埋葬からちょうど300年後の2014年、東京の切支丹屋敷跡から発掘された遺骨が国立科学博物館のDNA鑑定でイタリア人宣教師シドッティのものと確定。大きな驚きが世界を駆け巡った!はるかジェノバから、屋久島、長崎、そして江戸へと渡り、新井白石に「羅馬人と出会い候こと、一生の奇会たるべく候」と言わしめ、『西洋紀聞』を書かせたシドッティ。彼は身の回りの世話をしてくれた日本人夫婦に洗礼を授けたとして牢に繋がれたが、最後まで棄教することなく、47歳の生涯を閉じた。彼の切支丹としての壮絶な生涯が、300年以上の歳月を経て、ここに甦る。

イタリア、フランスで緊急、翻訳出版!ヨーロッパでも話題の1冊。埋葬からちょうど300年後の2014年、東京の切支丹屋敷から発掘された遺骨が国立科学博物館のDNA鑑定でイタリア人宣教師シドッティのものと確定。大きな驚きが世界を駆け巡った!はるかジェノバから、屋久島、長崎、そして江戸へと渡り、新井白石に「羅馬人と出会い候こと、一生の奇会たるべく候」と言わしめ、『西洋紀聞』を書かせたシドッティ。彼は身の回りの世話をしてくれた日本人夫婦に洗礼を授けたとして牢に繋がれたが、最後まで棄教することなく、47歳の生涯を閉じた。彼の切支丹としての壮絶な生涯が、300年以上の歳月を経て、ここに甦る。

¥2,640

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知泉書館 キリシタン時代とイエズス会教育

第1章 霊操の性格とその成立

 1 はじめに

 2 近代修道霊性史におけるイエズス会

 3 『霊操』の構造とその本質

 4 イグナティウス・デ・ロヨラの生涯と『霊操』の成立

 5 隠修士の伝統と霊操

 6 「無学」による挫折とイエズス会の教育活動への展開

 7 結語

第2章 『イエズス会学事規程』におけるイエズス会学校

 1 はじめに

 2 イエズス会の学校教育への参入と『イエズス会学事規程』

 3 下級コレギウム

 4 上級コレギウム

 5 結語

第3章 A・ヴァリニャーノの外的旅路――その生涯と業績

 1 はじめに

 2 来日までの旅路

 3 ヴァリニャーノの「危機」と適応主義への道

 4 適応主義にもとづく日本布教

 5 結語

第4章 A・ヴァリニャーノの内的旅路――日本における布教方針を支えた「識別」

 1 はじめに

 2 ヴァリニャーノの内面の旅路における問題場面の意味

 3 1579年12月10日付書簡――ヴァリニャーノの「識別」

 4 ヴァリニャーノの「識別」に関する書簡の意味

 5 結語

第5章 キリシタン時代における日本のイエズス会学校教育

 1 はじめに

 2 イエズス会による学校建設まで

 3 ヴァリニャーノの教育構想

 4 セミナリヨ

 5 ノヴィシアードおよびコレジヨ

 6 教区神学校

 7 結語

第6章 『日本のカテキズモ』――A・ヴァリニャーノの日本仏教批判

 1 はじめに

 2 『日本のカテキズモ』

 3 『日本のカテキズモ』の特色

 4 『日本のカテキズモ』における日本仏教批判の意図

 5 『日本のカテキズモ』における日本仏教批判の検討

 6 結語

終章

索引(人名・書名・事項)

¥3,300

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八木書店 キリシタン時代のコレジオ

イエズス会の教育機関で何が行われていたのか?

虚と実の交錯したキリスト教布教の真実!府内・天草・長崎等の各地に作られたキリスト教イエズス会の聖職者養成機関「コレジオ」の知られざる実態を、海外の原史料を博捜・読解して明らかにする

【内容説明】

1580 年、豊後府内におかれ、迫害のため、山口・平戸・天草・長崎ら、日本各地におかれたイエズス会の教育機関「コレジオ」。その活動を示す海外史料を博捜・翻訳し、知られざる実態を徹底解明する。

●各地のコレジオで行われる授業内容やテキスト、建造物、教師・生徒の詳細など、実際の教育現場の詳細を追求する。

●キリシタン版作成の様子、天正遣欧使節の学習の具体像などについても言及。

●様々な史料に見える有馬・京都・大村などのコレジオは実在せず、イエズス会司祭が禁じられた資産保有を目的として作られたコレジオであったことを指摘。

●信仰のウラに潜む思惑、その活動を「黙認」するローマ・イエズス会本部。虚と実の入り交じった驚愕のキリスト教布教史。

【目次】

はしがき

第一章 府内コレジオ

 一 はじめに

 二 イエズス会の「コレジオ」

 三 コレジオ創建計画

 四 府内コレジオの創建

 五 府内コレジオの経済基盤

 六 府内コレジオの活動(その一)

 七 府内コレジオの活動(その二)

 八 府内コレジオの山口移転

 九 小  括

第二章山口・平戸・生月・千々石・有家・加津佐・天草のコレジオ

 一 山口・平戸・生月のコレジオ

 二 千々石・有家のコレジオ

 三 加津佐コレジオ

 四 加津佐コレジオの天草移転

 五 天草コレジオの活動(一五九二年)

 六 天草コレジオの活動(一五九二年~一五九四年)

 七 天草コレジオの活動(一五九五年)

 八 天草コレジオの活動(一五九六年~一五九七年)

 九 天草コレジオの長崎移転

 一〇 小  括

第三章 長崎コレジオ

 一 はじめに

 二 一五九七年~一五九九年

 三 一六〇〇年~一六〇二年

 四 一六〇三年(その一)

 五 一六〇三年(その二)

 六 一六〇四年~一六〇七年

 七 一六〇八年~一六一一年

 八 一六一二年~一六一四年

 九 小  括

第四章 幻のコレジオ

 一 「有馬コレジオ」

 二 「京都コレジオ」「大村コレジオ」「豊後コレジオ」「堺コレジオ」等

第五章 ペドロ・ゴメス著「要綱」の学習

 一 天草コレジオにおける「要綱」の学習

 二 有馬セミナリオにおける「要綱」の学習

 三 小  括

第六章 イエズス会士の日本語学習

 一 大村の日本語教育施設

 二 外国人イエズス会士の日本語学習のための書籍

 三 外国人イエズス会士の日本語能力

 四 日本人イエズス会士の日本語学習

おわりに

索  引

¥16,500

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  • 配送期間:5-10日

こまつ座 わが友フロイス

国時代の日本で活躍したポルトガル人宣教師ルイス・フロイスと、彼を取り巻く人々との間に交わされた書簡をもとに、フロイスの悩みや生涯、宗教観、彼の生きた時代を著す。

¥1,100

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サンパウロ キリシタン時代の日本人ドミニコ会士

 2002年、ドミニコ会ロザリオ管区は来日四百周年を記念し、そして2004年、キリシタン禁教令が撤廃されて後、1904年、再来日し、四国で福音宣教を開始した百周年を祝う。

 近年、わが国で司祭の高齢化とともに司祭召命の減少が憂慮されているが、いつの時代でも邦人司祭の養成は重要なことである。1549年、聖フランシスコ・ザビエルが来日して以来、イエズス会は各地にセミナリオやコレジヨを設立して優秀な邦人司祭の養成に努力してこられた。1602年、ドミニコ会ロザリオ管区が島津家久の招きを受けて甑島に5人の宣教師を派遣したとき、すでにキリシタンに対する激しい迫害が始まっていた。キリシタン禁教令下で、ドミニコ会ロザリオ管区は邦人司祭の養成に関してどのような取り組みをしてきたのであろうか。これが本書の目指す要点である。

●主な目次

第一部 歴史的叙述

 日本におけるドミニコ会邦司祭への召命の実情

 マニラのサント・ドミンゴ修道院において五人の邦人司祭が誕生した次第

 マニラのサント・ドミンゴ修道院に所属した邦人ドミニコ会士たち

 日本人召し出しの促進

 マニラにおいてドミニコ会修道者となった日本人の略歴

第二部 史料集(史料集1〜7)

¥1,430

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ドンボスコ社 テストヴィッド神父書簡集

キリシタン禁令が撤廃された1873年、日本に派遣されたテストヴィド神父は徒歩で東海道を岐阜まで巡り、福音を伝え、御殿場にハンセン病患者のための神山復生病院を創設。本書は師の18通の書簡から、その活動をたどる。

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明治の東海道を歩いた宣教師

テストヴィド神父書簡集

中島昭子/著

A5判並製 245頁 1,200円+税

ISBN978-4-88626-621-7 C0016

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◆中島 昭子 なかじま・あきこ

捜真学院学院長。早稲田大学東アジア法研究所招聘研究員、関東学院大学キリスト教と文化研究所客員研究員。法制史学会、キリスト教史学会会員。捜真女学校高等学部、早稲田大学法学部卒業。同法学研究科博士前期課程、パリ第2大学博士課程修了。

◆もくじ

巻頭言(梅村昌弘)/はじめに(中島昭子)/凡例

第一章 日本再宣教の黎明

1.パリ外国宣教会

2.再宣教までの道程

3.横浜天主堂と大浦天主堂

4.キリシタン禁令高札の撤去

第二章 テストヴィド神父、横浜へ(1849〜1877)

1.テストヴィド神父の誕生

2.日本への──第1書簡

3.横須賀から横浜へ──第2書簡

4.横浜から八王子へ──第3書簡

第三章 歩く宣教師──神奈川県全域(1878〜1880)

1.外国人の国内旅行と宣教師

2.小田原へ──第4書簡・第5書簡

3.砂川へ──第6書簡・第7書簡

第四章 歩く宣教師──東海道(1881〜1885)

1.静岡へ、愛知へ、岐阜へ(1)──第8書簡・第9書簡

2.静岡へ、愛知へ、岐阜へ(2)──第10書簡・第11書簡・第12書簡

3.芝生村天主堂と若葉町教会

4.プティジャン司教時代の終焉──第13書簡

5.沼津と砂川に教会誕生──第14書簡

第五章 神山復生病院設立(1886〜1891)

1.神奈川県と静岡県の巡回宣教

2.神山復生病院誕生までの道程──第15書簡・第16書簡

3.神山復生病院の創設──第17書簡

4.最後の書簡──第18書簡

5.香港で帰天

第六章 テストヴィド神父の時代

1.語り継がれる思い出

2.テストヴィド神父の後継者たち

3.テストヴィド神父の時代

¥1,320

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教文館 宣教師とキリスト教

宣教師たちが日本にもたらしたキリスト教とはどのようなものであったのか? また日本人はそれをどのように受容したのか? 国家の宗教政策に対して各教派・宣教団体はどう対応したのか? 明治期キリスト教の特質と宣教師の活動の歩みを、正教会、カトリック、プロテスタント諸教派にわたり網羅した初めての研究。

2011 年9 月に開催されたキリスト教史学会大会におけるシンポジウムの書籍化。 

巻頭言(大西晴樹)

序 章 明治キリスト教史における受容と変容(岡部一興)

第一章 正教会(近藤喜重郎)

第二章 カトリック教会(山崎渾子)

第三章 聖公会(大江 満)

第四章 改革・長老教会(中島耕二)

第五章 組合教会(吉田 亮)

第六章 ディサイプルス教会(阿久戸光晴)

¥2,750

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ドロ神父

明治初期から大正にかけて、まだ貧困・飢餓・疾病に苦しんでいた長崎外海の人々を農地改良、殖産、医療、福祉、建築などの活動で支え指導し、自立の道を開いたフランス人宣教師の、驚異の生涯…。

江戸時代のキリスト教は禁教とされ、信者たちは信仰を隠して守っていたが、明治に入っても神道以外の宗教は排斥され、キリスト教への排撃は徹底されていた。そんな中、信仰を捨てなかった出津の人々は、明治12年(1879年)早春、フランス人の宣教師を迎えた。ド・ロ神父がその村で最初に目にしたものは、あまりにも貧しい人々の暮らしだった。「なんとかしなくては……。そうだ、村人が仕事をもって自立すること!」農業、医療、教育、井戸掘り、そうめん作り、さまざまな福祉活動に神父は献身した。彼の周囲には、出津の娘たちが集まってきた。「ド・ロさまそうめん」、「ド・ロ壁」で知られる、宣教師ド・ロ神父と出津の娘たちの体験記。

¥990

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チマッティ神父

日本を愛した宣教師、チマッティ神父の約1万通にのぼる書簡や文書から師の生涯をたどる。

「ほほえみ、慈愛と祈りの人」として知られる師が、困難、貧困、無理解に耐える不屈の精神によって、激動の時代の荒波を越えていく姿を知ることができる。

ヴィンチェンツォ・チマッティ神父(Vincenzo Cimatti)

1879年、イタリア生まれ。

17歳でサレジオ会に入会。パルマ音楽大学院で「コーラスのマエストロ」のディプロマ、トリノ国立大学で自然科学の博士号と哲学の博士号を取得。

1905年、司祭叙階。

長年にわたり師範学校で教鞭をとり、校長、修道院長を務める。

1926年、46歳の時、9名の宣教団を率いてサレジオ会として初来日。

宮崎から始まり、各地で教会、教育事業、福祉事業、出版事業を開始。

宮崎の教区長も務め、邦人司祭の養成に取り組み、日本の教会の発展に生涯を捧げた。

1965年、86歳で帰天。

現在、列聖列福調査中で「尊者」の称号が与えられている。

チマッティ資料館ホームページ http://v-cimatti.com

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ゼノ神父

ゼノ・ゼブロフスキー(ゼノン・ジェブロフスキ、Zenon Żebrowski、1891年 - 1982年4月24日)は、ポーランド出身のカトリック教会の修道士。「アリの町の神父」として知られた。長崎市への原子爆弾投下で自らも被災(被爆)したが、戦後、戦災孤児や恵まれない人々の救援活動に力を入れた。日本人のイメージから「ゼノ神父」と呼ばれることがあるが、司祭(神父)ではなくコンベンツァル聖フランシスコ修道会の修道士である。

¥660

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