一麦出版社 ウエストミンスター信仰告白と教会形成

17世紀に作成されたウェストミンスター信仰告白を今日の伝道と教会形成に、いかに生かすべきか――。

この問いに真に向き合う意欲的な論考と講演を集成。

●目次 ――――――――――――――――――――

第一部 論 文

 ウェストミンスター信条への同意誓約・署名論争について

  ――アメリカとスコットランドの歴史から――

 ウェストミンスター信仰告白における「恵みと救いの確信」について

  ――第18章の解釈をめぐって――

 キリスト者の自由と良心の自由

  ――ウェストミンスター信仰告白第20章の解釈をめぐって――

 ウェストミンスター信仰告白における教会と国家

  ――第23章「国家的為政者について」の解釈をめぐって――

 ウェストミンスター信仰告白における教会会議

  ――第31章「総会議(シノッド)と大会議(カウンシル)」の解釈をめぐって――

 ジェームズ・B・トーランスのウェストミンスター神学批判について

  ――限定的贖罪と契約神学をめぐって――

 日本キリスト改革派教会とアメリカ教会史

 歴史神学と説教

第二部 講演・小論・書評

 共に生きる教会をめざして

  ――東日本大震災を経験して―― …… 2012. 8. 28 

 歴史神学考

 スコットランド長老主義諸教会――その伝統と現実――

 ウェストミンスター神学者会議の歴史(訳者から読者へ)

 牧師を養成する神学校

 人をつくるもの,人がつくるもの

 本当に危機感を持たなくても良いのか?

 より豊かな礼拝を目指して

 教育権について

¥4,752

  • 3 kg
  • 残りわずか
  • 配送期間:5-10日

一麦出版社 教会生活の道案内

17世紀に作成されたウェストミンスター信仰告白を今日の伝道と教会形成に、いかに生かすべきか――。

この問いに真に向き合う意欲的な論考と講演を集成。

●目次 ――――――――――――――――――――

第一部 論 文

 ウェストミンスター信条への同意誓約・署名論争について

  ――アメリカとスコットランドの歴史から――

 ウェストミンスター信仰告白における「恵みと救いの確信」について

  ――第18章の解釈をめぐって――

 キリスト者の自由と良心の自由

  ――ウェストミンスター信仰告白第20章の解釈をめぐって――

 ウェストミンスター信仰告白における教会と国家

  ――第23章「国家的為政者について」の解釈をめぐって――

 ウェストミンスター信仰告白における教会会議

  ――第31章「総会議(シノッド)と大会議(カウンシル)」の解釈をめぐって――

 ジェームズ・B・トーランスのウェストミンスター神学批判について

  ――限定的贖罪と契約神学をめぐって――

 日本キリスト改革派教会とアメリカ教会史

 歴史神学と説教

第二部 講演・小論・書評

 共に生きる教会をめざして

  ――東日本大震災を経験して―― …… 2012. 8. 28 

 歴史神学考

 スコットランド長老主義諸教会――その伝統と現実――

 ウェストミンスター神学者会議の歴史(訳者から読者へ)

 牧師を養成する神学校

 人をつくるもの,人がつくるもの

 本当に危機感を持たなくても良いのか?

 より豊かな礼拝を目指して

 教育権について

¥2,160

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一麦出版社 ウエストミンスター礼拝指針

第一部 ウェストミンスター礼拝指針の基本的性格

  第一章 ウェストミンスター礼拝指針作成の経緯

  第二章 ウェストミンスター礼拝指針の概要

  第三章 ウェストミンスター礼拝指針の全般的特徴と今日的意義

 第二部 ウェストミンスター礼拝指針の歴史的系譜

  第一章 初代教会・古代教会・中世教会における公的神礼拝の歴史

  第二章 イングランド教会における公的神礼拝の歴史

   参考資料 A 祈祷書の内容の比較

        B サヴォイ会談 バクスターが提出したピューリタンの

          意見書と、主教たちの回答の要約

  第三章 スコットランド教会における公的神礼拝の歴史

   参考資料 ジュネーヴ礼拝書とカルヴァンらの先行する礼拝書との比較

 第三部 ウェストミンスター礼拝指針――本文と註

   参考資料 家庭礼拝の指針

 あとがき

 索引

●あとがき ――――――――――――――――――――

今から二十年ほど前、わたしはスコットランドのある地方都市を訪れ、十七世紀の偉大な神学者が牧していたことで知られる教会の朝の礼拝に出席しました。これぞ長老派、これぞスコットランド教会の礼拝と言える礼拝に与りたいと願ってのことです。礼拝時間になったとき礼拝堂の入り口から正装した六、七人の男性たちの行列が入ってきました。先頭の男性は大きな聖書を掲げ持ち、そのうしろにガウンを着た牧師、さらにそのうしろに続いていたのは長老たちでした。行列は会衆席の間を粛々と進み、先頭の男性は掲げ持っていた聖書を講壇の上に恭しく置き、牧師と長老は壇上のそれぞれの席に腰をおろしました。実に厳粛で、神の言葉たる聖書を中心とした伝統的な長老派の礼拝の形はこのようなものかと胸が熱くなりました。讃美歌、祈り、聖書朗読に続き、いよいよ説教です。すると何ということでしょう。説教者は朗読した聖書箇所とほとんど関係のない世情に関するお話し(最近思うこと!)に終始しました。ウェストミンスター礼拝指針の基準でいえば、到底説教とは言えないものでした。

一事が万事、わたしたちの礼拝も、どのような教派的伝統に立つのか、式文を用いるのか用いないのか、用いるとしたら何をどのように用いるのかなどは、決して本質的なことではありません。外見上どれほど整った礼拝をささげても、それが主なる神に喜ばれ受け入れられるとは限りません。「打ち砕かれ悔いる心」(詩編五一・一九)、「霊と真理」(ヨハネ四・二三)をもってささげる礼拝でなければならないからです。

しかし、そのことをよく心に留めたうえでわたしたちはなお、今日教会における公的な神礼拝をどのようにささげるべきかを、それぞれが置かれている教会的な伝統と立場において真剣に学び、考えなければならないと思います。礼拝の空洞化と伝道の停滞(この二つは表裏一体です)を打破してイエス・キリストの福音を一層力強く宣べ伝えることは、わたしたち日本のキリスト者の大いなる使命だからです。わたし自身も伝道者の一人として、まず自分自身が慣れ親しんできている礼拝の在り方を、代々の教会の典礼、礼拝式文、祈祷書、礼拝指針などを通して謙虚に、しかし同時に、聖書に照らして批判的に学び直し、さらに喜びと感謝、崇敬に満ちた礼拝を築くことが大切ではないかと考え、過去数年に亘る研究をまとめてみました。本書が読者の更なる探求と実践に少しでもお役に立つことができれば幸いです。

  全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。

  喜び祝い、主に仕え

  喜び歌って御前に進み出よ。

  知れ、主こそ神であると。

  主はわたしたちを造られた。

  わたしたちは主のもの、その民

  主に養われる羊の群れ。

  感謝の歌をうたって主の門に進み

  讃美の歌をうたって主の庭に入れ。

  感謝をささげ、御名をたたえよ。

  主は恵み深く、慈しみはとこしえに。

  主の真実は代々に及ぶ。

(詩編一〇〇・一―五)

「礼拝を行なう時のキリスト教徒がこの上なく陰うつそうなのを見ると、ぞっとさせられる。喜びこそが、世界の重みや社会の束縛、退屈や苦悩がこの日には取り除かれていることの、万人に示されるしるしでなければならない。それは気晴らしだけではなくて、崇敬にもとづく喜びである」。

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