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教文館 宣教師とキリスト教

宣教師たちが日本にもたらしたキリスト教とはどのようなものであったのか? また日本人はそれをどのように受容したのか? 国家の宗教政策に対して各教派・宣教団体はどう対応したのか? 明治期キリスト教の特質と宣教師の活動の歩みを、正教会、カトリック、プロテスタント諸教派にわたり網羅した初めての研究。

2011 年9 月に開催されたキリスト教史学会大会におけるシンポジウムの書籍化。 

巻頭言(大西晴樹)

序 章 明治キリスト教史における受容と変容(岡部一興)

第一章 正教会(近藤喜重郎)

第二章 カトリック教会(山崎渾子)

第三章 聖公会(大江 満)

第四章 改革・長老教会(中島耕二)

第五章 組合教会(吉田 亮)

第六章 ディサイプルス教会(阿久戸光晴)

¥2,700

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ドロ神父

明治初期から大正にかけて、まだ貧困・飢餓・疾病に苦しんでいた長崎外海の人々を農地改良、殖産、医療、福祉、建築などの活動で支え指導し、自立の道を開いたフランス人宣教師の、驚異の生涯…。

江戸時代のキリスト教は禁教とされ、信者たちは信仰を隠して守っていたが、明治に入っても神道以外の宗教は排斥され、キリスト教への排撃は徹底されていた。そんな中、信仰を捨てなかった出津の人々は、明治12年(1879年)早春、フランス人の宣教師を迎えた。ド・ロ神父がその村で最初に目にしたものは、あまりにも貧しい人々の暮らしだった。「なんとかしなくては……。そうだ、村人が仕事をもって自立すること!」農業、医療、教育、井戸掘り、そうめん作り、さまざまな福祉活動に神父は献身した。彼の周囲には、出津の娘たちが集まってきた。「ド・ロさまそうめん」、「ド・ロ壁」で知られる、宣教師ド・ロ神父と出津の娘たちの体験記。

¥972

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チマッティ神父

日本を愛した宣教師、チマッティ神父の約1万通にのぼる書簡や文書から師の生涯をたどる。

「ほほえみ、慈愛と祈りの人」として知られる師が、困難、貧困、無理解に耐える不屈の精神によって、激動の時代の荒波を越えていく姿を知ることができる。

ヴィンチェンツォ・チマッティ神父(Vincenzo Cimatti)

1879年、イタリア生まれ。

17歳でサレジオ会に入会。パルマ音楽大学院で「コーラスのマエストロ」のディプロマ、トリノ国立大学で自然科学の博士号と哲学の博士号を取得。

1905年、司祭叙階。

長年にわたり師範学校で教鞭をとり、校長、修道院長を務める。

1926年、46歳の時、9名の宣教団を率いてサレジオ会として初来日。

宮崎から始まり、各地で教会、教育事業、福祉事業、出版事業を開始。

宮崎の教区長も務め、邦人司祭の養成に取り組み、日本の教会の発展に生涯を捧げた。

1965年、86歳で帰天。

現在、列聖列福調査中で「尊者」の称号が与えられている。

チマッティ資料館ホームページ http://v-cimatti.com

¥1,944

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ゼノ神父

ゼノ・ゼブロフスキー(ゼノン・ジェブロフスキ、Zenon Żebrowski、1891年 - 1982年4月24日)は、ポーランド出身のカトリック教会の修道士。「アリの町の神父」として知られた。長崎市への原子爆弾投下で自らも被災(被爆)したが、戦後、戦災孤児や恵まれない人々の救援活動に力を入れた。日本人のイメージから「ゼノ神父」と呼ばれることがあるが、司祭(神父)ではなくコンベンツァル聖フランシスコ修道会の修道士である。

¥648

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