メキシコシティ ソノラ市場です

特別編 ソノラ市場を紹介します。

店長の趣味は市場を巡ることなのですが、こちらは特別中の特別です。

通常はこのような市場を掲載することは憚れることなのですが

中米(南米)の歴史を語る上で土着の民族性を無視するわけにはいきません。

諸事ご承知の上閲覧をお願いいたします。

 

なお、この市場へはベテラン現地ガイドの案内と店舗により許可をもらい撮影しています

 

個人での訪問は大変危険ですので、面白半分に行かれませんようお願いいたします。

ソノラ市場周辺はかなり治安が悪く、今回は専用車を手配しましたが、専用車を市場近く

に駐車することも危険とのことで運転手と共に別の場所で待機してもらいました。

現地語が話せる男性の案内者が同行しなければ危険な場所です。男性のみでも日本人と

わかると刺される可能性があるといいます。充分注意して行動ください。

 

メキシコシティ中心部から数ブロックのところにメソラ市場があります。

大きな市場の近くですのでもちろん日用雑貨も

購入できますが、この市場の特徴は現地の土着

宗教(ヴードゥ教など)関連の品が集まっていることです。同じような屋台は各街、各市場に1軒くらいあるのが普通のようです。

こちらの商品は目的別(病気など)の薬やオイルです。色とりどりですね。


少数民族の魔除け(日本でいう鬼とか)や

各地の踊りに使われるお面などもあります。

この辺りまではまだお土産屋さんの色が

あります。向い側はフードコート。

家族はハリーポッターに出てくるダイナゴン

市場だと喜んでおりましたが。。。。


↓下記写真はクリックすると説明つきで流れます

 

これはひょうたん。

 

驚く市場ですがだんだん慣れていく?

ようになります。

さて、ここから先は写せないと書きました。事情を説明します。中にはうさぎあひるくじゃく鳩山羊アルマジロ蛇イグアナ。犬猫。あらゆる動物がまとまってケージに押し込められています。動物団体が激高する場面です。見た目はペット販売家禽販売ですが直径20センチの大蛇もいます。ペット兼食用兼家畜兼祈祷兼の販売です。黒魔術に使うという(主にいけにえの血)動物がいます。中は大変空気が悪く、鳥インフルどころか別の獣畜共通伝染病にも罹患できそうです。近づくのは止めましょう。↑こちらは路の状況。人などの排泄物やごみが放置されています。公衆衛生の面でも近づくのは大変危険です。

 

ソノラ市場について・・

帰路の車内で、47年の(市場を案内してくださったのと別の)超ベテランガイドさんとの会話。「え?あの場所に行ったの?あそこは怖いよ。」「怖かったですよ」「僕の知人の話だけれどね、知人が浮気して、奥さんが怒ってあの市場で何かの動物の血を使って祈祷師に依頼して薬を作って相手の女の人に飲ませてしまったんだよ。その女性は骨がゴムになるような病気になり、1年半後亡くなったんですよ」「・・(私ら絶句)・・・」

 

ソノラ市場にて・・

ある白シャーマンとの会話。「あなたはお腹が悪いね」「はい、手術で内臓を取ってます」「それとずっといろいろ考えているから、少しゆっくり休む時間を取りなさい」

横でそれを見ていたベテランガイドさん「当ってるの?・・(絶句)僕は・・?」

「あなた心臓悪いね」(蒼白&冷や汗)

・・ばっちり。ステントをしている心臓を言い当てられてしまいました。いやはや。

「この市場は大変危険です。悪い意識も沢山ある。早く出た方がいい。それと無事刺されず出れるようにお祈りをしておいたからね。充分気を付けて旅をしなさい」人間的にも

素晴らしい白シャーマンさんでした。

 

メキシコの死生観について・・

現地の人にメキシコの葬儀について聞いてみました。「土葬?」「火葬?」「今は火葬が

多いですよ」「焼いてから半分をその人の好きだった場所に撒きます」「残りの半分を箱に入れて家に持ち帰えります」「怖くないの?」「全然。家族だから」「お墓に入れないの?」「入れる人もいます」 ・・もちろん埋葬許可証なんてないでしょうし。

半分を故人の好きだった場所に撒く・・この言葉が残る旅となりました。

可愛いガイコツがいっぱいのメキシコの死者の日。マヤアステカ時代からの死生観でしょうか。死者や死に対する想いが日本人とはだいぶ違うことを実感したのでした。スペイン侵略後、カトリック改宗となった人々が逞しく土着の習慣とキリスト教を融合させて現代も息づいています。気付いたら自分にも死は怖くないんだという意識が芽生えています。

ああ、日本に帰ったら、ホスチアひとついただく形式にも待ったがかかる(最近教区では口にホスチアを直接入れてもらう人はトレイを用意しなさいと通達が出たばかりです。)

きちんきちんとした日本の姿も素晴らしいものだけれど。寝たきりの人々が背負われてホスチアをいただける、貧しくて身体が匂っても、精神を病んで奇声をあげても、あたたかく教会に迎え入れられる、この国の優しさと寛大さと焼き畑の煙にくすんだ町の空を見上げるのでした。2015年春。